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「あ、神原の喜作さんだ」
「うん」
徳次は足を踏ん張つて立ち、まだそこら中を見まはしていた。房一はちらりとその顔を見たが、黙つて片づけていた。
と、小谷は人差指と中指を二本突き出して見せて、
徳次はすつかり感心したとも、又その反対ともとれる云ひ方だつた。
「あれですよ。半之丞の子と言うのは。」
「お礼ですか」
「なんだ、さつぱり判らんぞう」
わたしが若いときに箱根に滞在していると、両隣ともに東京の下町の家族づれで、ほとんど毎日のように色々の物をくれるので、頗すこぶる有難迷惑に感じたことがある。交際好きの人になると、自分の両隣ばかりでなく、他の座敷の客といつの間にか懇意になって、そことも交際しているのがある。温泉場で懇意になったのが縁となって、帰京の後にも交際をつづけ、果はては縁組みをして親類になったなどというのもある。
彼は先だつて房一から全快祝ひに贈られたセルの上下を、仕立下したばかりのものを着こんでいた。夏からふた月あまり寝こんだとは云へ、日焼けの浸みこんだ黒い皮膚の色は容易にとれないと見えて、今もそれが真新しいセルの、明い地色と際立つた対照をなしていた。
房一は熱心に愛想よく椅子をすゝめた。
「さうですが、それはさうにちがひないが――」
相手が急に三人にふえたためか、柵の中の長身な男は一層興奮した。